recovery011 発達障害の検査を受けてきた

こんばんは。精神科通いのバ美肉ブロガー、次無つぐないゼッカです。

先だって、発達障害の有無を確認するために、知能検査と心理検査を受けてきました。

もともと、精神科の初診時に、人との関わり方のエピソードから、発達障害があるかもしれないと言われていたのです。

ただ、当時はうつ状態でしたので、これが落ち着いてから検査をしようという話になっていました。

初診からおよそ半年が経って、いったんうつ状態が落ち着いた為、無事に検査を受ける運びとなりました。
その検査結果が出たので、療養記録として書き残しておこうと思います。

うつ状態で検査をするのはやめておいた方がよいとお医者様が判断された為、初診からおよそ半年を待っての検査になりました。

実際に検査を受けてみて、なるほどたしかに、うつ状態では耐えられなかったかもしれないと感じました。

検査内容が過酷だとか、心的な負担が大きいというのではありません。
(心的な負担がかかって、検査中に取り乱す方はいらっしゃると聞かされましたが)

検査をしてくださる臨床心理士の対応の仕方が、心の弱ったうつ状態ではしんどいものだったろうと感じたのです。

具体的にどうというわけではないのですが、どこか上から目線であったり、こちらの言葉を遮るように発言したり・・・・・・やや高圧的に感じました。

共有されているらしいカルテを読み間違えて、失礼なことに、わたしが妻のせいでうつに至ったのだろうと言ってみたり(本当に失礼な話ですね)。
妻のせいじゃないと否定すれば、うつになった経緯を一から説明させようとしてみたり。

たしかに、これはうつ状態では耐えられませんでした。
あれこれ無神経なことを言われたおかげで、既にうつは落ち着いているはずなのに、気分が沈んでしんどかったです。

普段診察してくださるお医者様のことは信頼していますが、検査してくださった臨床心理士のことは、いまいち信用できないという風に感じてしまいました。

わたしが臨床心理士を信用できようとできなかろうと、まあ、それはそれです。
誰が検査したとして、然るべき方法に則って行われたのなら、その結果は正しいものとして受け入れるべきです。

ようやく自分の生きづらさに正式名称がつくのかと、結果を待つ1ヶ月の間、そわそわしていました。

知能検査の結果、お医者様からは「典型的なアスペルガー障害(ただし“障害”たり得るかどうかは環境による)」と評価を頂きました。

言語理解が「高い水準」、ワーキングメモリは「非常に高い水準」となっている一方で、視覚的情報の処理(知覚推理と処理速度)は「平均域」でした。
言語理解とワーキングメモリと比較して「極端な差」がみられるということから、発達障害と見ることができるそうです。

知能検査の結果。凹凸が大きい。

得意・不得意が可視化された折れ線グラフを見ると、見事に凸凹になっていて、一目で「極端な差」があるとわかります。

頂いた報告書のなかには、「記憶力や結晶性能力が優れていることは“忘れるのが苦手”“価値観を柔軟に軌道修正するのが苦手”という側面もある」とも書いてあります。

たしかに、よいこと(他人への感謝とか嬉しかったこととか)も悪いこと(失敗や罪悪感、他人からの悪口とか)もずーっと覚えていますし、頑固さやマイペースさの自覚はあります。

自分がおかしいことは自覚していたので、障害者だとわかったことについては、驚きもショックもありません。

診断はともかく、こうしてブログでの発信を活動の主としている立場上、言語能力が高いと褒められた(?)のは嬉しかったです。

ところで、お医者様は“アスペルガー障害”とおっしゃっていましたが、ものの本での表記は“アスペルガー症候群”となっていたり、現在はほかの症状とまとめて“ASD”と呼ばれるようになったとも書いてありました。

どれが正しいのかわからないので、この記事内では、わたしの障害の名称は“アスペルガー障害”なのだということにしておきます。

心理検査の結果については、お医者様からは「少し対人恐怖が見られるみたいですね」「あとは、興味があれば、家で読んでおいて」と言われただけで、内容についての解説は軽いものでした。

報告書には
「独創的だがマイペースすぎてガンコな傾向があり,他者との疎通の悪さを感じる可能性がある」
「対人関係に敏感で,自意識が強い傾向がある」
「刺激に反応し,感情を表情や行動に表出する傾向,衝動的に行動する傾向がうかがわれる」
と書かれています。

なんとなくギリギリ悪口を言われているような気持ちになって不快なのは、その内容が図星だからでしょう。

特に、文中に「感情にブレーキがかかりにくい傾向」とあるのですが、これについてはまさにその通りだと思います。

自分では常々徐行運転をしているつもりですが、結果だけ見れば、感情はフルアクセルでノンブレーキです。
徐行のつもりでこれなのですから、我がことながら、はた迷惑な話です。

一方で、むかし、悲しいことも嫌なことも感情を全部ため込んでガマンするばかりだった時期があったのですが、そういう状態がよかったとも思っていません。
その時はその時で苦しかったわけですから。

ちょうどよい中間のブレーキ加減を探りたいですね。

なんにせよ、結果がずばりと自分のことを言い表しているのを見られて、貴重で面白い体験をしたと感じています。

今回の検査で、わたしはアスペルガーという障害を持つ障害者であることがわかりました。

自分が”障害者”という枠組みに当てはめられることについて、困惑も驚きもありません。

もとより、様々な要因から、わたしは非人間で、欠陥品で、異常者で、バケモノで、出来損ないのヒトモドキである・・・・・・という自認を持って苦しんでいました。

そこに、ようやく「あなたは障害を持っているのだ」と人から言ってもらえて、気持ちがすっきりしました。

おかげで、これからは自身を称する際に、バケモノだのヒトモドキだの、様々な言葉で自傷しなくて済みます。

「わたしは障害者である」とだけ言えば、健常者と違うことを表せるのですから、だいぶ気の持ちようが違います。


障害者という名前で“人間”の枠組みに入れてもらえたことが、とても嬉しいです。
やっとわたしも人間になることができるのだと、感動しています。

自分の在り方についての長年の苦しみが、少しだけ晴れました。
それだけでも、検査を受けた甲斐があるというものです。

精神科初診時に、

◆他人との適度な距離感が掴めないこと
◆対人関係での傷つきやすさ

といった悩みについても相談していました。

今回、その原因はアスペルガー障害にあるのだろうとお医者様から言われました。

そのほかにも、悩んでいる(困っている)ことはあります。

◆人の顔と名前が覚えられないこと
◆友人付き合いというものができないこと
◆何事においても計画性を持てないこと
◆仕事で成果を出せないこと


・・・・・・これらも関係しているかもしれませんが、なんでもかんでも自分のせいにされては障害も不服でしょう。
これらはわたしの性格の悪さや無能力さ故のものと思っておきます。

さて、障害があることがわかり、診断名がついて解決・・・・・・とは、なりません。

これをとっかかりにして、自分の困りごとには自分で対処していかなければなりません。

つまりは、他人との適度な距離感を掴めるような工夫だとか、対人関係で傷つかないようになるための対策だとかをしていかなければなりません。

後天的な精神病のほうとは違い、生まれつきの脳機能の障害ですから、薬や時間経過で症状がよくなるというものではありません。
自分にあった処世術というのを探して、身につけていくことになります。

傷つかない、傷つけない為のいちばんの処世術は、そもそも他人に関わらないこと
・・・・・・と、今までは思ってきましたが、どうもそれでは根本的な解決にはなりません。
どうしても他人と関わらずには生きていけませんから。

健常者にあわせる形で、お利口さんになるようチューンナップしなければいけないのですが、少し考えただけでも、気が遠くなるほど難しそうです。

あいにくと、生まれつきの障害ですから、わたし自身は健常者が見ている世界を見たことがありません。
なので、何がどうズレていて、何をどうあわせていかなければならないのか、今のところは見当がつかないのです。

自分が異常だという自覚は持てても、具体的にどこが異常なのかわからないという点は、今まで通りです。
どういう名前がついている異常なのかがわかっただけでも進歩ではありますが・・・・・・。

お医者様からは「次無つぐないさんの言語理解の能力があれば、アスペルガーに関する適当な本を1冊読めば、どうしていけばいいか分かると思います」と言われています。
診察室で都度あれこれ話すのではなく、とりあえず本を読んでみてくださいとのことでした。

ちょうど、読書リハビリで読む本を探しているところでしたので、アスペルガー障害に関する本をまずは1冊、読んでみます。

妻には、うつが少し落ち着いて色々と話せるようになった頃に、発達障害の疑いありとは伝えてありました。
別にどうということはないという反応でした。

「精神障害(双極性障害疑いのこと)と発達障害持ちが相手で、離婚とか考えないの?」というわたしの問いには「実際、いま生活で困っていることがあるわけじゃないし。診断名がついたところで急に性格が変わるわけじゃないでしょ?」という旨の返答がありました。

あと、検査結果を聞いた当日、すぐにLINEで「アスペルガー障害だった! あとIQ114」と送った際の返信は「賢いやん」でした。

障害があるかもしれないとわかるずっと前、交際当初の妻が、わたしのものの考え方について「生きづらそう」という感想を漏らしていたことがあったので、元々そういう風に見えてはいたのだと思います。

障害があることを無視するでもなく、かといって腫れ物のように扱うでもなく、軽く受け止めてくれて、こちらはだいぶ気が楽です。

以上、検査の結果、次無つぐないゼッカはアスペルガー障害だとわかったという話でした。

言ってしまえば、わたしの性格に名前がついた程度のことですので、すぐに何かが大きく変わるということはありません。

得意・不得意のステータス配分が極端であることは、何となく男の子心をくすぐってくれます。
生まれついてのピーキーさは、ある種の才能であると捉えておきましょう。
周囲からしたら、わたしは、扱いづらくて仕方がないでしょうけれども。

なんにせよ、アスペルガー障害であることがわかったわけです。

おかげで、もしかしたら、困りごとの解決への糸口が見えるかもしれませんし、自分のことを知るのによい機会でした。

うつ状態にならなければ、精神科に足を運ぶこともなく、こうした検査を受ける機会もありませんでした。
うつになったおかげで事態が好転した・・・・・・とポジティブに捉えることもできるでしょうか。

今回はここまでです。お読みいただきありがとうございました。
みなさま、どうかよい夜をお過ごしください。

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