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面白くないなりにシャドバWBを続けています。面白くない理由がゲーム性ではなく、自分が勝てないことにありますので、逆説的に勝てれば面白かろうと、勝てるまでやってみています。
ゲームのルール自体は非常にわかりやすく、楽しいものだと思うのです。わたしの頭が悪いばかりに、ろくに勝てず楽しめないだけなのです。ゲームは悪くない。遊戯王をやっていたおかげで、テキストや効果処理が非常に単純明快なものに感じまして、直感的に理解できてプレイは快適なはずなのです。
「相手の能力で選ばれない」のは対象耐性でしかないので、「対象をとらない効果」に相当するもので対処すればよいとわかります。攻撃対象に選べないのなら、攻撃以外の方法で対処すればよいとわかります。スペルブーストは手札で貯まる魔力カウンターのようなものとわかります。ネクロマンスは墓地をコストとして除外するものとわかります。最初の内はテキスト確認もできない内に流れていくカードたちに翻弄されていましたが、回数を重ねて大抵のカードの効果・コスト・ステータスは把握しました。
でも、勝てません。勝てないのです。
人形デッキでは勝てなくて

最初にもらうデッキを選ぶ際に「どのデッキが強いとか派手だとかわからないから、カードのビジュアルで選ぼう」という方針でいました。その為、わたしの好きな「お人形のような美少女」が入っているデッキを選びました。……いえ、本当は好きな声優がリーダーを演じているアミュレットビショップなるデッキを触ろうとはしていましたが、諸事情により選択肢から外しました。
選んだ人形のデッキを2週間ほど遊んでいましたが、残念ながらろくろく勝てません。ランクマッチでの戦績は体感で30戦に1勝ぐらいでした(数えていないので実際はどうだかわかりません)。調子よく勝ちを引くことができて、グループが最下層のエメラルドから一つ上のトパーズに昇格することもありました。その後に負けが込んで、降格するわけですが。
プレイを続けている内に、ゲーム性というものがわかってきました。仕様上、先攻ワンターンキルも後攻ワンターンキルもありません。手札誘発もなければ墓地から除外して発動する効果もないし、デッキから任意のカードをサーチ・リクルートするような効果もありません。ある程度は運に左右される手札で序盤~中盤の小競り合いを経て相手のライフを削りつつ、切り札で1ターンに削り切れる確殺ラインまで持っていくというのが主なゲーム性なのだとわかってきました。
デカいロボなら「ライフ13以下」かつ「体力6以上の守護フォロワーがいない」状態が確殺ラインです。口の悪い陰陽師なら「ライフ11以下」かつ「体力7以上の守護フォロワーがいない」状態が確殺ラインです。cvグリリバの雷の騎士なら「ライフ12以下」かつ「体力4以上の守護フォロワーがいない」状態が確殺ラインです。
人形デッキは、切り札1枚を使って1ターンで削り切れるライフの数値が少ないのではないかと考えました。上記のカードたちが1枚で持てる確殺ラインに対して、人形デッキの切り札はややパワー不足です。さもありなん。相手の展開に物量で対応しつつ、リソース切れを狙う持久型のような作りであって、力で押し切るデッキではないのです。ところで、他責ショタが退場する度に言い訳してイラつくのが欠点のデッキでもありました。
パワーが足りないならパワーの高いカードを使えばよい

守りながらチマチマと小競り合いをするというゲーム展開は、なんとなく性にあわないのかもしれないと気が付きました。妻と遊戯王をやるときは、序盤からお互いにそこそこの大型モンスターを出して「さあ、どう攻略する?」と構えることが多いのです。大型を場持ちさせたり、何度も蘇生や帰還をさせたりすることで戦線を維持しつつ戦うというのが、やりたいのです。
ゲームが違うのですから、郷に入っては郷に従い、小競り合いで確殺ラインまで持っていくべきとはわかりつつも、そういう細かい作業や頭を使うプレイングが自分に合わないことも十二分にわかっています。
そこで見出したのが、ワンショットキルです。先攻・後攻1ターンキルはルール上実現できませんが、高攻撃力での一撃必殺は可能です。シャドバはライフの上限が決まっていて、回復のカードを使っても上限以上のライフは持てない仕様です。つまり、ライフ上限以上の攻撃力のカードを用意できれば、1枚で削れるラインが「ライフ満タン」になるのです。
攻撃力がライフ上限以上にまで上がるカードを擁するデッキがあります。ちょうどよいことに、デッキを組む際によほど変な組み合わせにしない限りは、引きがよければとてもスムーズにドロー加速ができるデッキでもあります。ドロー加速をしつつ目当てのカードを手札に温存し、攻撃力が規定値に達したら場に出し、返しのターンで相手が対処できなければ勝てる……非常にシンプルです。引きのよさ、つまりは運に依る部分が大きいですが、コンボも何もないので、わたしのように頭が悪くても使えます。
色々なデッキを触るときりが無くなることから、当初は人形1本で遊ぶつもりでしたが、あまりに勝てなくてシャドバが嫌いになりそうだったので、行き当たりばったりにプラン変更です。計画性などありません。
……で、肝心なのは新デッキでの戦績ですが、人形の30戦1勝が、29戦1勝(どちらも体感)になるぐらいには目論見がうまくいきました。力任せのほうが、やはり性に合っています。
しかし、こちらはこちらで人形デッキの「攻め切れない」とは違う敗因が出てきました。切り札を処理されなければ勝ち、処理されれば負けというシンプルさが好きなので、そこは弱点としては扱いません。よりわかりやすい弱点です。ドロー加速を行うデッキゆえに、デッキ切れで負けるケースが発生し始めました。
デッキが無くなるのならデッキを補充すればよい
デッキが無くなるならデッキ枚数を増やせばよい……というわけにはいきません。シャドバのルールではデッキ枚数は一律40枚です。サイドもエクストラもありません。しかし、そこはデジタルならではの効果を持つカードもあるわけで、デッキを増やせるカードが存在します。


自分のデッキを固定10枚の別デッキに差し替えるカードがあります。デッキ切れしそうな場面で使えば延命ができます。その上、10枚のカードは高スペックなものばかりなので、本来の切り札が処理された場合の次善策としても用いることができます。よき発見です。
この改良により、体感28戦1勝ぐらいになりました。少しずつ勝率は上がっています。
賽の河原の石積みのごとく
勝率が上がったことで、またエメラルドからトパーズへ昇格することができました。……が、頭を使わず運に頼るデッキですから、連勝はできません。運が向かなければ負けるのみ。せっかく昇格したグループも、あっという間に最下層のエメラルドまで落ちます。頑張って積み上げても、落ちる時は一瞬です。賽の河原で石を積むが如しです。この例えだと亡者同士が互いの駄業鬼になってしまいますので、また別の何かであるかもしれません。
いずれにせよ、この状況を面白く感じろというのは、なかなか高度なマゾヒストの才能を求められているようです。
現状のデッキで、口の悪い陰陽師を勝ち筋の確保として使っています。このカードについているボイスに「テメェじゃ無理だ」というものがあります。プレイ中にこれが聞こえてくるわけです。何をやってもうまくこなせないわたし自身の不出来さをあざ笑われているようで、叫びそうになります。なぜ自分のカードに精神攻撃をされなければならないのか。
対策として、シャドバをプレイする際は、端末の音量をゼロにしています。ストレスの多いゲームですね……。
実際エメラルドはどの位置づけなのか
わたしはシャドバ初心者の為、実際のところ、エメラルドから脱せないよいうのが、全体で見てどのぐらいの位置づけのプレイヤーなのかわかりません。
エメラルドが最下層なのは確かです。わたし自身が負け続きなのも確かです。しかし、グループ昇格できないこと自体はそう珍しくもないという可能性もあります。そこまで気にするものではないかもしれません。あいにくと、周囲にプレイヤーがいない……というかわたしの周囲には妻しかいない為、比較対象もありません。
ところで、我が推し配信者は、歴の長いシャドバプレイヤーです。最近はシャドバWBを配信していて、とても楽しそうです。彼女が楽しそうだと、こちらもとても嬉しくなります。安心して見ていられます。せっかく配信するのならイライラするより、楽しむのがよいでしょう。いえ、話が逸れました。どうも推しのことになると頬は緩むし話が逸れます。
本題は彼女のシャドバ歴が長いということです。ゲームにも馴染んでいるし、愛着もあるしで、一般的シャドバプレイヤーの視点を持っているのではないかと考えます。であれば、参考にするのなら彼女の言です。
推しは自身の腕前について「クソザコ」と評します。Aランクのルビーまで昇格していて、クソザコなのだそうです。シャドバプレイヤーから見ると、少なくともAランクやルビーでは、まだクソザコ判定のようです。クソザコ卒業に厳密な境界があるのかは不明ですが。
まあ、つまり、Aランクルビーまでたどり着けないうちは、クソザコ未満ということです。ふふふ、クソザコ未満……。思っていた以上に、わたしは不出来ですね。シャドバの世界は厳しいです。
面白くなくてもまだ続ける
勝てないので面白くありませんが、まだ続けようとは思っています。勝てるようになれば、面白いはずですから。そんな日は一生こないかもしれませんけど。
頭が悪いとうまくいかないし、たとえ昇格しても、勝ち続けられないのなら降格する……。こう見ると、シャドバは社会の縮図という一面もありますね。これが奥深いと言われる所以でしょうか。
不出来を思い知らせれて辛い部分もありますが、作業の合間に遊んで「わたしは物書きになれない」という現実から目を逸らす為には非常に有用です。別の辛さを感じている内は、そちらに集中できますからね。またしばらく、河原で石を積んでみたいと思います。
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