気が付いたら投稿450本を超えていたブログ

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 記事タイトル通り、気が付いたら投稿450本を超えていました。
 日々ぼーっとしているもので、キリのよい数字をうっかり通り過ぎてしまいました。

 かといって、記念記事のネタがあったわけでもないので、なにかを残念がることもないのですが。


 2021年5月30日に最初の記事を投稿して、2024年4月7日に250本目の記事を投稿しているので、ここまでの間がおよそ3年で250本の更新ペースです。


 そこから1年で200本更新したと考えると、随分更新頻度が上がっていますね。
 3年で250本だったものが1年で200本です。わたしにしては随分と勤勉なことですね。

 250本目前後の記事とここ最近のものを読み比べると、だいぶテンションが違います。1年で精神が成熟して落ち着いたのでしょうか。いえ、落ち着いたと言うべきか、落ち込んだと言うべきか。テンションの上下や気分の明暗にかかわらず、どれもわたしの「素」であることに違いはありません。気持ちというものでいち個人がどれぐらい変わるのかというのがわかります。



 当ブログは、1年でおよそ20円ぐらいの広告収入があるのですが、引き出せる最低額が何百円からと決まっております。収入に有効期限も設定されていまして、引き出せる最低金額が貯まる前に期限が切れます。実際的には1円も得られません。なので、収益性のあるブログではなく、これはモチベーションになりません。

 何事においても志の低いわたしですので、「投稿1000本目指します!」というような目標もありません。なので、更新すること自体がモチベーションになるわけでもありません。

 いえ本当に、よく200本/年の更新ができたものです。

 その時間を勉強にでも充てれは何か成長できたかもしれないと指摘されてしまえば、まったくその通りですが。無味乾燥で無為な記録を100本書こうと200本書こうと、何が変わるわけでもありませんのに。
 記事ひとつが1000文字であるとして、これを200本書いたのなら、20万文字分の文章を書いたことになります。20万文字といえば、分量だけなら小説1冊分を超えます。その分量の文章を書く時間があれば、創作のひとつも行えたかもしれません。

 読んでくださっている方の存在がありますので、意味のないものというわけでも無いはずですのに。そして、わたしらしからぬ勤勉さの証左でありましょうに。どうしてこんなに悲しいのでしょうか。職場のあれこれで「心身を削ってがんばっても無駄」と思ってしまっている影響でしょうか。何かをがんばったつもりでも、人から好かれる人格でなければ行きつく先には敵だらけです。

 なにもしなければ焦燥感。
 なにかをすれば虚無感。
 わたしはどうしたらよいのでしょうか。答えろ、答えてみろルドガー。

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