はじめてのファンアートを描いたときのことを思い出してSAN値を回復させる

イラスト関連





冒頭文

 4月ですね。例年、桜の花に元気づけられて活力に溢れる季節なのですが、今年はとかく気を病みそうなわけです。ええ。
 職場に行くのが嫌だなあとか、先日から書いている「自カイ心」の記事で色々な事を思い出して苦しくなったりとか、そういった具合です。

 なんというか、早めの五月病のような。
 無気力といいますか、無感動といいますか。
 かと思えば、急に不安感やら後ろ向きな思考に陥ったりとか。

 正気にあらず、ということは、狂気にあるということでしょう。すなわち、SANITYの値が削られているのです。

 どうにかINSANITYから遠ざかる為に、これまで生きてきて嬉しかったことをひとつひとつ思い出していたのですが、そのなかで「これはブログに書き残しておきたい」と思ったので、はじめてファンアートを描いたときのことを記事にしようと思います。
 記事タイトルとおりですね。ところで、今回のタイトルは長いですね。ライトノベルのようです。

ファンアートなどと呼ぶにはおこがましいが

 便宜上、ブログ内外にてファンアートと呼んではいますが、これはいささかおこがましいのではないかとも考えます。ファンはファンでも厄介ファンの部類なわけですし、アート=芸術と呼ぶには技術が足りません。
 適切な呼び方を知らないので、ファンアートと呼ぶほかないのが、「推しが好きで/推しを応援する為に絵を描く」ことをしているすべての人に申し訳ないところではあります。


 それはさておき、ファンアート(仮称)を描いたときの話です。
 描くに至った経緯は以前の記事で書いていますので、下記リンクをご参照いただきたく。


 

 それで描いたものがこれです。

 絵が拙いという点においては今も変わりありませんが、最初の1枚だけあって手癖らしきものも定まらず、比較的「本物」のデザインがしっかり描かれています。翼に厚みがあったり、ウィンプルの星が省略されていなかったり、ベルトの珠が描かれていたりです。
(それでもアイシャドウはじめとして描き漏れている意匠がありますが)
 描画範囲も広いし、頭身のデフォルメもされていないし、ある意味でいちばん「ちゃんとしている」かもしれません。


 これ以降は「その日の出来事を忘れないうちに一晩で描く」という〆切設定をした上で描くことが多くなるのですが、この1枚に関しては時間をかけた制作でした。
 重ね重ね、拙さの自覚はありますので、時間をかけてこの出来かと言われてしまえば返す言葉もありませんが。線はガタガタですし、陰影や対物比の大きさも乱れていますし、色指定も今以上に誤っていますし……。

 当時はお人柄もよくわかっていませんでしたので、喜んで頂けるものか、そもそも見てもらえるものかとわからないまま制作していました。なんなら「下手くそな絵なんて描きやがって」と当人やファンから怒られるのでないかという不安も少なからずありました。あるいは、また人前で空気の読めていないことをしてしまっているのでないかと。……いえ、まあ、空気は読めていなかったかもしれませんが。

 描いた甲斐あって、ご本人にも見ていただけましたし、喜んでいただけました。
(誰が何と言おうと、喜んでいただけたのだと、社交辞令ではないのだと、わたしは信じます)


 クリエイターでないのに、絵を贈ることで喜んでもらえるなんて、生きていてそう出来る体験ではありません。素直に、時間をかけて描いてよかったと思えました。

 相手をよく知らずに見切り発車と勢いで描いたというのも良かったと思います。絵描きでもないわたしが絵描き相手に絵を贈るということの心理的障壁はあまりに高く分厚いです。相手を知るという段取りを経ていたら、描く前に諦めていたものと思います。短絡さと浅慮もたまには役立つのですね。兵は拙速を尊ぶ。

がんばった部分を見てもらえることの嬉しさ

 ご本人に喜んで頂けたことで、描いてよかったと思えましたし、描くきっかけであったお礼ができてよかったと満足しました。

 さらに、それに加えて先生にも反応して頂けたことも嬉しかったです。
 その反応のなかで「やさしいまなざし」とおっしゃって頂けました。これがひときわ嬉しかったです。

 普段絵を描かないわたしが、それでも下手くそなりにがんばって描いた絵のなかで、特に力を入れたのが眼でした。
 がんばった部分を見てもらえるというのもまた、得難い体験です。ただ「がんばった」というだけで成果がないのなら、見向きも評価もされないのが世の常ですから。



 あれは小学性高学年のころのこと。
 涼しさと寒さのはざまにあるぐらいの気温の季節の頃。
 図工の提出物のために、画板を膝の上に置き、校庭の端から見た景色を画用紙に描いていました。
 使い慣れない画材を使って、色づいた木の葉の1枚1枚を描いてみて。
 要領が悪いからひとりだけ居残りで時間をかけて。
 そうして「がんばった」ものなのだから、きっと誰かに褒めてもらえるだろうと思っていて。
 自分なりの「がんばった」という過程が対外的には何の意味も持たないことに悔し涙を流した日。



 思い出すと切なくなりますが、その感傷が雪がれたように思います。
 主観における「がんばった」には何の意味もないと思っていましたが、気づいてくれる人もいるのです。あの日の悔しさに20年越しに人の優しさが沁みます。

おわりに

 こういった嬉しい記憶を反芻して、どうにかINSANITYから離れようとしているという話でした。

 環境が変われば疎遠になってしまうその時々のものではありますが、これまでずっと、よい人と縁が出来るという幸運に恵まれています。
 人間嫌いのわたしには勿体ないことこの上ないのですが、そういった巡り合わせにあるのなら、その幸運を甘受します。

 人間関係の広くないわたしですが、この記事のことを含めて、その時その場で縁のあった人が優しくしてくれるのです。SANITYに踏みとどまらないといけませんね。

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