SNSのリプライに感じる心理的ハードル

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 SNSという言葉が厳密に意味するところはともかく、一般的に連想されるサービス内容で挙げるのなら、ツイッターとブルースカイを利用しています典藻キロクです。
 ……冒頭文で名乗ったのは随分久しぶりではないでしょうか。

 まあ、それはさておき。
 そういったSNSへの各種投稿へリプライを送るという行為に対して、心理的な障壁があります。


 共感したことを伝えたいだとか、知見を与えてくれたことに感謝を述べたいとか、ジョークに乗ってみたいだとか、作品に対しての感想を書きたいとか、リプライを送ろうかと思う場面は度々あります。
 各サービスの仕様上、長々とした文章を送ることはできませんので、短くまとめた文を下書きにしたためます。その後、送ることなく消します。


 声を出して話すことが苦手なわたしが気兼ねなく自己発信できるのが、このブログやSNSといった文字媒体です。
 にもかかわらず、言葉を送ることを躊躇うというのはどういったことでしょうか。




 

 人の振り見て我が振り直せ、と申しますのが大きな要因でしょう。



 さて、わたしもよい歳をしたホモサピエンスの男性なもので、スケベ心を持って、フェチシズムを刺激してくれる創作物や写真の投稿を探してSNSを徘徊することがあります。
 そういった時によく目にするのが、我が振りに置き換えて反面教師にすべき人の振りです。
 まあ、言ってしまえば、「エッチだねぇ、ぐへへ」のようなリプライです。

 対象が創作物でしたら、まあある程度許容されるものかもしれません。「そういうもの」として作られているのなら、「そういうもの」として受け取ってもらえた結果の感想として、作者も嬉しい……かもしれません。
 ただ、創作物のなかでも「そういうもの」として作られたわけでもないものに対して、何か扇情的なものを感じたとしてもそれを作者に伝えるべきではないでしょう。モナリザの手を見て性的興奮を覚えたとて、それをレオナルドに伝えることはしないでしょう。(伝える方法がないという話ではなく)


 対象が写真であるのなら、本人に「ぐへへ」などと劣情を直接伝えるのはあまりに非紳士的です。
 いくらインターネット上での書き込みとはいえ、よそのお嬢さんお姉さんに……というか相手が誰でも伝えるべき言葉ではないでしょう。思っても口に出すな。
 対面して言えないようなことを平気で書き込めてしまうのが、インターネットの怖いところです。仮名ハンドルネーム仮面アバターを被るが故の匿名性から気が大きくなるのでしょうか。仮面効果? でしたっけ。そういうやつです。



 人の振り見て我が振り直せ、ということは「ぐへへ」というリプライを送らなければよい……わけではありません。
 肝心なのは「対面して言えないようなこと」を書き込むべきではないという部分です。

 もとより他人の気持ちがわからない、場の空気が読めないわたしです。妻以外の相手に対面して口にする言葉は仕事に関すること以外はごくわずかです。買い物に行って「お願いします」「ありがとうございます」程度の事は口にできても、売り場が分からず店員に尋ねるということにすら逡巡します。
 対面して言える言葉の方が少ないのです。

 

 
 空気の読めていないことを口にして相手に気を遣われることの恥ずかしさ、失礼なことを言ってしまわないかという不安、(ごく限られた相手に対しては)拒絶されることの怖さ……。
 これらが心理的障壁となって、リプライひとつ送るにも勇気や思い切りを要します。それが無いので、滅多にリプライを送れません。

 なんというか、こう……休み時間にクラスメイトが盛り上がっている話題に混ざりたくても、勇気がでなくてただ聞き耳を立てるしかなかった時のこととかを思い出しますね。その頃から随分と時間が経っているのに、成長していませんね。


 幸い、SNSには「いいね」ボタンがあります。言葉を介さずに「共感した」「タメになった」「好き」を表することが出来ます。
 そう思うと、SNSはネット口下手にも優しいですね。ありがたい。
 


 

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