郷愁を誘うカレーライス

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 個人宅を訪問する仕事の為、各家庭の「におい」を感じることが多々あります。花の匂いだったり、動物の匂いだったり、タバコの匂いだったり、そこに暮らす方々の生活の一端を知ることができます。よい匂いもあれば、嫌なにおいもあります。
 よいにおいの中でも、遅い時間帯の仕事で伺うと、準備中の夕飯のにおいを感じます。なんなら食事中のときもあります。夕方以降は、わたしも疲労やら空腹やらで気持ちがへたっている頃なので、このおいしそうなにおいが堪りません。今日の現場は特によいにおいでした。カレーでした。

 家庭のカレーというものが好きなのです。具材が小さくても大きくても、ルーに粘性があってもシャバシャバでも、それぞれによさがあると思います。慣れと目分量からくる出来の良し悪しというものが好きです。なにか食べた直後でもなければ、2~3杯は食べられます。
 らっきょうがあってもよいです。福神漬けがあってもよいです。カレーライスをメインとして、ほかにおかずがあってもよいですし、無くてもその分カレーをたくさん食べられるのならよいです。

 カレーが出来上がるのを待つ時間や、そのにおいを感じるのは、レトルト食品や外食では味わえない魅力かと思います。
 家という安心できる空間で、おいしいものをお腹いっぱい食べられることに勝る幸せはないでしょう。

 食事とは単なる栄養の摂取でなく、精神的な飢えを満たす為のものでもあります。家で作ったカレーを食べるとき、これを強く感じます。味覚で「おいしい」と感じ、体温が上がることで身体的な満足を感じるとともに、「懐かしい」という気持ちに胸が満たされるように感じます。食べている場所も、味も具材も違えど、幼少の時分を思い出すのだと思います。



 今日の現場で感じたにおいは、無性に郷愁を誘うものでした。
 使っているルーが同じなのか、具材なのか、或いは調理器具なのか。もしかしたら団地の一室というロケーションが実家を思い出させたのかもしれません。実際がどうあれ、「あの頃」に親しんだカレーのにおいでした。



 時間の遡行など出来る筈もないのに「家」に帰りたくなりました。今こうしてブログを書いている「家」ではありません。母がいて、弟がいて、楽しくはないけれどどうにか通えていた学校の日々があって、1日1時間と決められたゲームを弟と一緒に遊んで、毎週楽しみにしているテレビ番組があって、暖かい布団があって、夏休み冬休みには祖母の家に泊まりにいって、1年に1回ぐらいに観に行ける映画を楽しみにして、商店街の夏祭りが楽しくて、自分の悪性を知りもしなくて……。そんな「あの頃」の「家」に帰りたくなりました。
 「オトナ帝国」の用いたなつかしいにおいというのは、こういうものなのでしょう。これで実際に「あの頃」に戻る幻覚を甘受できるのなら、きっと抜け出すことができません。

 「あの頃」に戻って人生をやり直したいとは絶対に思いません。ここまでやっと、どうにかしてきたのに、もう1回繰り返せだなんてお断りです。何度やり直せたとしても、性根が曲がっている以上は何度でも同じ間違いをします。だからこその終身不名誉……です。
 ですが、戻って「そのまま」がずっと続くのなら、抗えません。
 学校で嫌なことはあるでしょう。母に叱られることもあるでしょう。弟とケンカすることもあるでしょう。祖母の小言をうるさく思うこともあるでしょう。でも、特別に感情が揺さぶられるほどに楽しいことがなくても、日々のなんとなくが嫌な事と帳尻をあわせてくれて、過去の失敗に拘泥することがなくて、たまに夕飯がカレーライスで嬉しい毎日が続くなら、どんなに幸せなことでしょうか。



 郷愁に強襲され、今日を終える。

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