クリスマスが今年もやってくる

その他





 おはようございます。クリスマスイヴでなくクリスマスをこそ祝いなさいよ日本人と思っている典藻のりもキロクです。

 お嬢様の方の我が天使(この呼称をどうにかしたい)が「サンタさん」のお話をされていたのを読みまして、「ああもうすぐクリスマスか」と思い至った典藻です。ちょうど今日仕事前にクリスマスっぽい仮面ライダー玩具を手に入れたところでしたのに、ずいぶん思考がにぶっています。仕事に侵食されている兆候ですね。きをつけましょう。


 さっそく話が逸れてしまいましたが、本題はクリスマスやらサンタさんやらの話です。


 典藻は現実に目を向けられない妄想家……いえ、それは外聞が悪いですね。名乗るのなら、僭称ロマンチストですので、いわゆるサンタクロースが実在するか否かという点につきましては、その存在を信じる者がいる限り、世界のどこかに息づいているものと考えています。
 仮に非実在であるとしても、実在を信じるだけならそれは夢や浪漫といったもので済みます。しかし、実在しているのに「いないもの」とされるのはあまりに辛く悲しい。「無視をされる」「いない者として扱われる」というのは短期間であっても心を蝕むものです。恒常的に「サンタはいない」とされてしまえば、どこかにいるかもしれないサンタさんがあまりに不憫です。なので、典藻は、赤い服に白いひげ、煙突から家に入り「よい子」の枕元に贈り物を置くサンタはどこかにいるかもしれないと、そのような夢を持つようにしております。半ばネッシーやチュパカブラやニンゲンの存在を信じるのに近い感覚ではありますが。

 それはそれとして、どこかにいるかもしれないサンタさんが、どこのご家庭にも訪れるわけではないという現実は弁えています。クリスマスにプレゼントをくれるのはサンタさんという夢のあるカバーストーリーを羽織った保護者であることが多いのでしょう。あるいはクリスマスプレゼントなどという文化の無い家庭も、もちろんありましょう。

 子どもの時分の典藻と弟にとって、クリスマスというのは非常に貴重な「高価ななにか」を手に出来る機会でした。大体の場合はカードゲームの構築済みデッキであったり、ゲームボーイカラー~アドバンスのゲームだったりを「お願い」していたように思います。
 典藻はデジヴァイスをもらったこともありました。少年の日に手にしたデジヴァイス。ついぞパートナーデジモンと会うこともないまま、選ばれし子供たちにはなれなかったけれど、今でも宝物のデジヴァイスです。
 クリスマスが何かとか、サンタクロースがどういったなのかとか、そういったことも考えずに非常に俗に楽しんでいました。

 しかし如何に頭の悪い典藻といえど、我が家にくるサンタさんはサンタクロースではなく、母であることには気づくときがきました。「サンタさんはいない!」という衝撃を受けた記憶が一切ないので、何かのきっかけでぬるりと気が付いて納得したのだと思います。
 弟はわたしに似ず非常に賢いので、歳の差があるというのにおよそ同じタイミングで気が付いていたように思います。

 とはいえ、俗な典藻にとりまして、サンタさんというのはその実在如何よりも、「おもちゃをもらえる」という部分が重要でした。なので、サンタさん=母であっても、クリスマスへのワクワク感はさほど薄れていませんでした。
 母は随分無理をしてくれていまして、典藻が中学3年の頃まで、「サンタさんからのプレゼント」や「母からのクリスマスプレゼント」と名目は違っても、何かしらを買ってくれました。

 典藻は高校1年の頃から、主には遊ぶ金欲しさという邪悪な動機でアルバイトをしていました。
(学校に居場所がないように感じて現実逃避として労働をしていた面もありますし、バイト代の一部は勉強の本を買ったり家に入れたりもしていました。と弁明はしてみますが)
 バイト代が入る=自由に使えるお金が手元にあるという状態になり、この頃からは贈られる側でなく贈る側になりました。クリスマスイヴに夜更かしをして、寝静まった母と弟の枕元に「欲しそうなもの」を置く。それまで母がくれた「クリスマスのワクワク」がとても好きだったので、これを返して喜んでもらいたかったのです。
 誤りがあったとすれば、典藻には人の心の機微というものがわからなかったことです。「欲しそうなもの」は「欲しいもの」ではないのです。本当に喜んでもらえていたかどうかは、わかりません。まあ、その当時は自己満足で独善的な行いであることに自覚がなかったので、呑気に「喜んでもらえた!」などと思っていましたが。愚か。


 それとは別に、まだ弟と仲がよかったころのこと。我々兄弟は当時はインドア派でしたので、よくゲームで対戦してみたり、遊戯王カードで遊んだりしてみたものです。もっと幼いときは即興の物語をつくって、ブロックでつくったキャラクターたちに冒険させてみたりもしていましたね。
 で、そんな風な頃。仲がこじれる前の頃。クリスマスは兄弟共通の楽しみでした。サンタさん=母であるとわかった後も、25日の朝、冬休みのうちのその日その瞬間は非常に特別なものでした。その日に向けて1~2か月前から、お互いが「自分へのプレゼント」を買っておき、その日に開封するというのを楽しんでいました。主にはマンガの単行本であったり、やはり遊戯王カードだったと思います。母の「お手伝い」で貯めたお金だったり、何百円のお小遣いをコツコツ貯めて、遊戯王カードを買うのです。10パックも買えたのなら、それはもう大興奮でした。寒い寒い朝に、布団にくるまりながら楽しみにとっておいたカードを開けてみて、キラカードがでれば大喜び。出ずとも新しいカードたちを戦い合わせるというのが恒例になっていました。懐かしい。





 話を戻して現在のこと。
 妻とのクリスマスというのは、特段なにかがあるわけではありません。しいて言うのなら、交際2年目ぐらいのクリスマスに典藻にバイトのシフトが入ってしまって一緒にいられず、ケンカになったぐらいでしょうか。交際から今に至るまでで数えるほどしかないケンカのうちのひとつです。思い出すに胸がきゅっとなります。
 プレゼントや何かで特別なことはありません。交際したての頃は頻繁にぬいぐるみを贈っていたもので、クリスマスにもやはりぬいぐるみを贈りました。しかし、いまいち物欲のない妻は、その後は毎年「なにが欲しい?」に対しては「いいよいいよ」と返答するばかりで、「欲しいもの」を聞き取ることができません。その昔に母と弟にそうしたように「欲しそうなもの」を贈ってみたこともありましたが、やはりそれは「欲しいもの」ではないのです。お金でなく真心をと思って、手描きのポケモンイラストで1年分のカレンダーを工作して贈ったこともありましたが、まあ素人の下手くそなイラストと不細工な工作では喜んでもらうほうが無理というものです。
 クリスマスだからご馳走を食べるというにも、お互い勤めている都合、当日に時間をあわせるのも中々難しくクリスマス(振替)を設定するという妙なことになっています。
 まあ、そもそもクリスマスは「ご馳走を食べたり贈り物を交換したりする日」では無いはずですから、無宗教の身としては、特別なにかあるわけでないというのが正しい姿なのかもしれません。


 今年のクリスマスも平日ですので、やはり特別なこともなく自宅と職場の往復で1日を終えるだけだと思います。
 どうしても何かにこじつけてお祝いムードに浮かれたいのだとして、無理に1年のうちの1日を特別視せずとも、「今日も生きていてくれてありがとう」という気持ちを持っていれば、毎日が祝福の日になるのではないかと。クリスマスに限らず、誕生日でも勤労感謝の日でもサラダ記念日でも、「特別」という理由を後付けしなくても、好きな人が生きていてくれるなら毎日が祝福すべき日になるのではないかと思います。とさ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました