「人の口に戸は立てられぬ」らしく

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 ひとの噂は止めようもないもので、これを指して「人の口に戸は立てられぬ」と申します。
 わたしも特段意識することなく用いることわざではありますが、これを他人から言われて納得がいかなかった経験があります。

 前の職場を辞める少し前の頃。母が急病で倒れ、回復するかどうかわからなかった頃のこと。
 状況が状況ですし、当時は弟は遠い遠い北海道に赴任していたので、何事があってもなくても、わたしがどうにかするしかありませんでした。さしあたっては入院の手続きだとか、実家から必要なものを入院先に運んだりだとか、毎日様子を見に行ったりだとか……。
 そういうことですので、仕事を休んだり定時で退勤したりする必要もでてくるだろうと、上司に「かくかくしかじかで時間を融通してください」と事情説明をしていたわけです。

 しかし、わたしとしましては、身内が弱っているという「弱み」を他人に知られたくはありませんでした。よくしてくれる職員に心配をかけたくないというのもありましたし、興味本位で病状やらなにやらをズケズケと訊かれたくなかったというのもあります。なので、直属の上司と部署内の同僚に事情説明をするのみで、わたしの口からは職場の他の誰にも話していなかったはずです。


 はずでしたが、わたしが話していない相手が当然のように母の事を口にするのです。知る筈もない他部署の相手が、何の気なしに気軽に他人の家のことを口にするものですから、こちらも険を以て「なんで知ってるんですか?」などと訊いてしまったのです。

 お察しの通り、この問いへの答えが冒頭の言葉です。「人の口に戸は立てられないんだから、誰かに話すっていうのは誰が知ってもいいってことと思った方がいいよ」と。一言一句同じではないでしょうが、意味合いとしては遠くないはずです。
 相手はわたしよりも職位が上ですし、若かりしわたしといえど、それ以上は嚙みつきませんでしたが、まあ不快でした。彼女の理屈を採るのなら、秘密にしたいことは、職務上の必要があったとしても上司に報告することすら許されないのでしょう。納得できません。

 
 口に出した以上は広まっても仕方のないこと……なのでしょうが、モヤモヤとした気持ちは今でも残っています。
 他人の気持ちを慮って、知られたくなさそうなことについては、知っていても知らない振りをするというのが大人の対応なのではないでしょうか、と。
 当ブログでわたしの公然の秘密である性癖を知ったとして、見なかったことにしてくださる方々のように。

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